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インタビュー

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箕面YEG 創立35周年記念インタビュー

箕面YEGは2021年で創立35周年を迎えました。

今回、35周年を記念して、過去のYEGについて、本年度の取り組みについて、これからのYEGについての思いなど、令和3年度の会長である井関会長にお伺いしました。

 

 

<過去の箕面YEGについて>

-まずは、過去の箕面YEGについてお聞きしたいと思います。
 いつ箕面YEGに入会されたのでしょうか?

井関会長:私は今から24、5年前に、確定申告の相談で会議所を知ることになりました。
そのときは青年部という存在も知らなかったのですが、会議所の職員の方からこういうのもあるよと紹介されました。

団体組織の活動経験がなかったのでかなり躊躇していたのですが、お化け屋敷をきっかけに一度見学に来てみたらと誘っていただいたので訪ねてみました。その時にいらっしゃったメンバーの方々に色々と教えていただきました。箕面市の商工事業者の方々が地域のために事業や活動を通じて交流をしているこういう集まりがあるいうことを初めて知りました。

それでもまだ入会しますとはなかなか言わなかったのですが、その当時の会長は私と同業の方でしたがお化け屋敷の備品で協力して欲しいと依頼を受けまして同業なのに何故とも思いましたが、上手く乗せられたというか(笑)。そういうことがきっかけで参加させていただき、それがすごく結果的に楽しいなと思うことができたので、入会することを決意しました。

 

-入会された当時の箕面YEGは、どのような雰囲気だったのでしょうか?
 今との違いなどがあれば教えてください。

井関会長:今もメンバー間で和気あいあいと仲良く楽しくという雰囲気ですごくいいなと思いますけれど、その雰囲気とすごく似ていたと思いますね。

古い人・新しい人、年齢が上の人・下の人関係なくとにかく何をするにも一緒に楽しんでやるという姿勢をみんな持っていらっしゃったので、まじめなことも、馬鹿みたいなこともみんな一緒になって楽しんでいるという雰囲気に満ちていました。

入会してから8年くらいは最年少ベスト3という年齢もあって、ほとんど先輩ばっかりでしたので、何をするにしてもよく可愛がってくださり、面倒を見ていただき、と同時にこき使われて(笑)ということもありましたけれど、それもひっくるめてすべて楽しく良い勉強をさせていただいたと思っています。

当時はYEGの事業の後に食事に行くことも多くその機会を重ねていると、先輩方の体調や健康状態、好き嫌いの傾向など、飲み物とかメニューとかも把握するようなことになりました。飲み会のとき、パッとまわりを見て飲み物が無いなと思ったらすぐにサッと注文する等の気配りも身についてきました。また余計にかわいがってもらえるというような感じで良かったかなと思います(笑)。飲み会の席でも勉強することはたくさんあるんだなと思いました。

 

-会長が取り組まれた事業で想い出のある事業はございますか?
 何か面白エピソードはありますか?

井関会長:お化け屋敷は今まで遊園地とかで子供のときに行ったことはありましたけれど、実際に人がリアルに驚かすというのは衝撃的だったし、来てくれる子供たちもやっている我々も一体となって楽しめるすごくいい事業だなと思いました。
また、何よりも参加しているメンバーが一気に仲良くなれるすごくいい機会だなと思いました。

箕面は、春は新緑、夏は清涼、秋は紅葉、冬は特にないというところから青年部で何かできないかとなり、それならギネスブックに載るようなどでかいことをやろう、ということで始まったのが箕面市民ツリーだと先輩方から伺っております。
遠くは尼崎など色んなところからでも見える、年末の仕事で追われている時でも、ふとした時に見えると少し安らぎを感じるといいますか、自分たちで立てたツリーがこんなところでも見えるのだなというちょっとした喜びがありましたね。これもやっぱりお化け屋敷と同様で一からメンバー同士で何から何まで手作りでという形で、たくさんの時間を共有することで交流を深めることが出来たいい事業だったと思います。

近畿ブロック大会で箕面YEGが主管をやらせていただいた時は、いかに箕面の魅力を近畿中の方に発信するか、我々らしさを発揮できるかなど、ありきたりなものとは違った視点からの面白い企画の内容を考えました。学生時代の文化祭を思い出してすごく楽しかったです。努力が功を奏したのか過去最高の登録者というのも結果としてついてきたので、すごく頑張った甲斐がありました。

我々は商工会議所の青年部は経済団体の集まりですので、親会の皆さんと一緒に商工業の活性化を今後どのように展開していくか、盛り上げていくかについて取り組むことも求められると考えます。ビジネスマッチングフェアなど新しいことに取り組むなど前向きな姿勢で親会の皆さんと一緒に積み重ねている状況にも今後の青年部の活動にもすごく期待が持てますし、私もそれを今取り組んでいる最中です。

-素晴らしいですね。本当によく覚えていらっしゃいますね。

井関会長:他にもあるんですよ(笑)。箕面市と協力して万博公園で箕面市をPRするイベントに一緒に取り組みましたし、箕面が紅葉で最盛期の11月の祝日、箕面に人がたくさん来られる時に、滝道の空き店舗をお借りして、箕面市のをPRと無料でお茶とおしぼりを配ったり、同時に青年部のPRもして箕面を盛り上げる活動もやってきました。結構色々なことをやってるんですよ。

 

 

<本年度の取り組みについて>

-本年度は、35周年ということで特別委員会を設けられていますが、どのような経緯からでしょうか?

井関会長:箕面YEGは実はこれまで周年の事業や記念式典を1度もやったことがなくて、5年前の創立30周年のときに記念式典の計画・準備をしていたのですけれど、諸事情も重なり実  施は叶いませんでした。

何もしないというのは避けて、未来へ向けて何か行動はするべきだとなり、そのときに我々の今後この先5年間の活動の方針を決めて、そこを目指してまた頑張っていこう、5年後にはそれを振り返ろう、ということで箕面YEGプログレスを立ち上げました。

35周年を迎えた今年度、5年間に掲げた方針をしっかり検証してそれをまた次の未来に向けて発信していくということが必要だと思いましたので、この35周年の記念事業の特別委員会というのを設置させていただきました。

 

-具体的な取り組みはどのようなものでしょうか?

井関会長:一般的な形式の式典を執り行うことは考えませんでした。記念式典や周年の事業があること自体を知らないメンバーもたくさんいますので、まずは式典や事業を節目節目に実施することで方針の確認と未来への共有の機会を持っていただきたかったことがあります。また私たちが日ごろお世話になっております親会の皆さん、地域の関係諸団体の方々、近隣のYEGの方々に対して今後ももっと様々なことを一緒に取り組んでいく上で「改めまして箕面YEGをよろしくお願いいたします。」とご挨拶させていただく機会としての事業、楽しみながら交流を深めることが出来る事業の2本立てで実施したいとお話しさせていただきました。

これを担当委員長をはじめとした創立35周年特別委員会の方が、今回のように名刺交換会とゴルフ交流会という違った視点からの交流事業2本立てを考えて下さいました。
残念ながらコロナウィルスの感染状況の影響で名刺交換会の方は開催を断念するという残念な結果にはなりましたけれど、ゴルフ交流会の方は是非開催出来るように願うばかりです。我々だけではなく、お越しになられる方もそれぞれの各所で、会社であったり、地域であったり責任ある影響のある立場にいらっしゃる方がほとんどなので、最新の注意を払って慎重に進めていきたいと考えております。

 

 

<これからの箕面YEGについて>

-では、次の質問です。箕面YEGはこれからも継続的に地域に根付いた活動をしていくと思いますが、どのような箕面YEGになってほしいと思われますか?

井関会長:これまでに諸先輩方が地道な活動をずっとしてこられ、私自身も共に活動をさせていただいてきました。今後はもっと箕面市の地域の商工業の方々、関係諸団体の方々に箕面YEGここにあり!と胸を張れる団体へと成長するためにスキルやノウハウの習得に向けての研鑚を日々重ねていく必要があります。

箕面YEGもメンバーもが頼りになるなと、思ってもらえる頼もしい個人と強い組織を目指したいです。日々の研鑚と取り組みの過程が活性を作り、繋がりを生み、またひとつ成長する、これを重ねていくことで自分自身も地域も活性化する相乗効果を生み出せるようなチームになれたらうれしいなと思います。

 

-最後になりますが、現役メンバーに対して一言お願いします。

井関会長:単純に今まで長年やってきたところで思ったことは、配慮するということはもちろん必要だと思いますけれど、遠慮は無用だと思います。

どんどん自分を発信してアピールしていってもらう方が絶対楽しいと思いますし、違うときは、違うって必ず教えてくれる仲間もいるわけですから、思うことがある時は自分の中で止めるのではなくて、若者らしくどんどん発言も行動も積極的にやっていただけると、それに周りの人も共感と刺激を受けて輪が広がっていくと信じております。そういう環境が築き上げていけるともっと楽しく強い組織になれると思うので、どんどん積極的になって欲しいなと思います。

何でも経験だと思います。良いことも悪いことも絶対に損にはならないと思います。
言っている僕もいまだにまだ勉強中ですしね。いっぱい色々な方に教えられながら支えられながら会長職というのをやらせていただいてますので。

 

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箕面YEG Report【WEB】みのお市民ツリーインタビュー

「箕面の冬の風物詩を作りたい !」
~みのお市民ツリーへの想い~

 箕面商工会議所青年部(以下、箕面YEG)には様々な事業の歴史があります。 その中でも17年間、箕面の冬の風物詩として取り組んできた事業が「みのお市民ツリー」。 今回、本事業を始めたきっかけ、またそこに込めた思いなどを、箕面YEGの元会長、そして発起人として事業立ち上げに奔走された神代繁近さんにお話しを伺いました。

-ツリー事業はいつ始まったのでしょうか?

 神代:1996年、平成元年です 

-ツリー事業をやろうとしたキッカケを教えてください。

 1986年4月に箕面商工会が箕面商工会議所になりました。同時に商工会青年部も商工会議所青年部に昇格。青年部は昔から活発に活動していたらしいのですが、その頃は活動が出来ていなくて。親会からの活動費が溜まっていて問題になっていて、青年部を潰すかしっかり活動するか、して欲しいと言われました。
当時、別の集まりで「箕面まちづくり倶楽部」という会を作っていて、箕面青年会議所の若手と市役所の若手10人くらいでご飯食べながら、何か面白い事をしたいとか色々な話をしている中にツリーの話も出ていました。
ミニカーのクレーンを使って「箕面に、クレーンで吊り下げた大きいツリーを立てたい、でもお金がかなりかかるから難しいね」という話もしていたので、このお金を使ったら実現できるんじゃないかと。
これが最初のキッカケです。
活動再開の最初の事業として、みのお市民ツリーをしようということになりました。
私達が住む箕面市は、春は新緑、夏は避暑、秋は紅葉があるけれど、冬には目玉がない。そこで冬の風物詩を作ろうと考えました。
当時ウォーターフロントはよそがすでにやっていたので、スカイフロントをやろうと。箕面には自然というこんなに良い財産があるのに、活かしきれてないと感じていたので山にツリーを立てよう!と思い立ったんです。「ギネスにも挑戦しよう」とかもやっていて、新聞の記事にもなりました。
当時はYEGだけでもお金は足りたのですが、YEGの単独事業ではなく、「みのお市民ツリー」として市民の皆様と共有しようと考えました。
電球を一個500円で購入して頂くという形で寄付をいただいて、領収書の代わりに「みのお大好きパスポート」というイベントに参加できるチケットを配布しました。ニュージーランドフェアーや人間カーリング、ウルトラクイズなどのイベントを、当時あったスケート場で開催しました。1等の景品が東京ディズニーランドのペア招待状など、豪華で結構盛り上がっていました。

-ツリー事業1回目のエピソードを教えてください。

神代:初めての時は1週間前に試験点灯をしました。正直どんな感じになるんだろうと不安でしたが、とても綺麗でこれはイケると感じました。ただ、当時は午前0時まで灯りを点けていたら暴走族が来るかもしれないので、メンバーが泊り込みをしなければならず、寒い中大変だったのも、良い思い出です。 ツリーを立てる50mの高さのクレーンがかなり大きくて、クレーンを設置するバーベキュー場に「そんなごついクレーン入ったら下のアスファルト穴あきますよ」と言われてしまいました。 それで、一枚一枚鉄板を敷いた上にクレーンを通して、その鉄板をまた一枚一枚違うクレーンでぶらさげて、移動させて次、と…。 朝から準備して、撤収時には朝の5時までかかりました(笑)

-ツリー事業はその後、同変遷していったのですか

 神代:ツリーの点灯に関しては12月23日、24日、25日の午前0時までというのが3年間続いて、1999年、2000年は2週間点灯しました。
2000年はミレニアム、世紀が変わるということで、それぞれ2000年、2001年の電飾もつけました。
またテレビ局から取材を受けたときは23日の生放送中に点灯式をして欲しいと言われて、5時58分に終わるワイドショーの放送時間に合わせて、5時30分に点灯式をした年もありました。
そして当初からツリーを設置していたスケート場がゴルフ練習場になるということで2007年を最後に、場所が変更になりました。
2008年は箕面駅の旧ロータリーの噴水で5mくらいのやぐらにツリーを立てました
しかし、多くの市民の皆様から見える所が良いだろうということで、2009年から4年間はトンネルの入り口でツリー事業イベントを行いました。

-17回継続的に実施されましたが、どのような形で市民の皆様のご協力をいただくことができたのでしょうか

 神代:先ほども述べた「みのお大好きパスポート」という形で、ご協力いただきました。
市民の方に電球を購入して頂き、名刺サイズの「みのお大好きパスポート」を発行しました。ツリーの設置だけでなくイベント開催にも費用がかかります。
親会の補助だけでなく、市民の皆様にも協力してもらおうと思い、協賛金集めを始めました。
一番最初はツリーがどんなものなのか、写真も見せれないし自分たちも不安でした。協賛金集めの説明はとても大変でしたが、自分達の企業が中心になって、お世話になっている人達に話をきいていただき、とりあえず1回目を見てもらいました。
その結果、次の年からは快く協賛金を出して頂けました。
イベントには箕面自由学園のチアリーダーに来てもらっていました。12月の寒い日にミニスカートでよくやってくれたなと思います。
市吹はずっと来てくれていました。

-50mあったツリーはどの辺りまで見えていましたか

 神代:万博公園の観覧車に乗っていたカップルが「なんか箕面の山が光ってる!」ってモノレールに乗って見に来てくれました。
先ほど言っていたウルトラクイズのイベントで東京ディズニーランドの招待券をゲットしたのがその二人。とても印象に残ってます。

-ありがとうございました。最後に一言エールを頂けますでしょうか?

神代:YEGとしての活動の目的は豊かな住みよい郷土づくり。そのための題材として、ツリーではなくてもYEGとしてどういう町にしたいかという議論が必要だと思います。ツリー事業をやったのも、自分達の財産である箕面の山・自然に春夏秋冬来てもらおうと考えてやった。そのような発想で自由に考えて頑張ってください。

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箕面YEG Report【WEB】お化け屋敷インタビュー

「胸がときめくイベントを」

箕面まつりの人気イベント「お化け屋敷」は、箕面YEGの事業として始まり2019年で22回を迎えます。

今回、本事業を始めたきっかけ、またそこに込めた思いなど、発起人の一人である神代繁近さんに伺いました。

-お化け屋敷を始められたキッカケを教えてください。

神代:ロングロングパット大会、射的やサイコロなどの、ありきたりの事を何回かやるうちに「こんなことで胸がときめくか?」という話になりました。

他に何か胸ときめく事をしたいと考えていた時、たまたま行った天保山の夏限定のお化け屋敷がむちゃくちゃ面白くて。暗幕から、人間が演じるお化けが出て来る…、絶対怖いな!と考えて、これをやろうとなりました。

何十年も、今もずっと使っているこの手帳(手帳を取り出す)、今も当時のお化け屋敷のことを残しています。

メイプルホール、必要なもの、やること、電源、音響、予算、それから、お化け屋敷の地図も。

場所はリハーサル室を使わせてもらおうと、交渉もしました。

YEG事業は、単なるイベントではなく、宣言・指針・綱領に基づく目的を持って行われていますが、この事業はどのような目的をもって行われたのでしょうか。

 神代:目的は2つです。

1つ目は子供たちが対象で、普通の出店ではなく面白くてみんながワクワクできる、ときめくような面白いことをやろう!ということ。

2つ目は、会員交流。人を驚かせたりすることは癖になるし、会員交流事業にもなる。

 

-お化け屋敷までは、何か他の事業を行っていましたか?

 神代:箕面まつりは第1回目から商工会議所中心で行っていました。

当時は公園の北側に川があり、魚のつかみ取り大会を開催していましたが、その後YEGが引き継いで、出店をしていました。龍安寺の境内広場で夜店を出したり、スパーガーデンの駐車場でも、何年か漫才師を呼ぶなどのイベントをやっていました。

-お化け屋敷の思い出やエピソードは何かありますか?

 

神代:最初の年の木枠、暗幕、備品の製作したことが印象に残っています。

最初は全部手作りで、お墓とか、一生懸命作りました。

とにかくもう全部手作り。

 

-そのお墓、今でも使わせてもらっています

看板も、うちの店で仕事中に手作りしていました。

お客さんの数も読めなくて、500人くらいきてくれたいいかなと考えていたのが23年で1000人を超え、何回も子供たちが来てくれました。それから22年。

すごいよな!

-お化け屋敷を継続されてきましたが、それはどのような目的からですか?

また、改善された点はありますか?

 

神代:継続は力と言いますが、根付いて青年部の代名詞にもなってきているのでお化け屋敷を続けていこうと思いました。

大きな事故やトラブルもなく、毎年色々なアイデアが出てきています。

動員数の増加に伴って出入り口を変更したり、毎年進化してきました。

     

-最後に、先輩の立場から、今年のお化け屋敷へのエールをお願いいたします。

 

神代:とにかく子供たちが喜んでいる姿がやりがいになると思います。もちろんそのための企画ですから。

毎回グレードを上げて、「今年もやってくれよ!!」という気持ちです。